夜逃げはリスクがいっぱい

 家賃を滞納されたら「早く自分から出て行って欲しい」と思うのは当然の心理。法的に追い出そうと思えば、それなりに最低限の費用がかかる。だから「出て行ってくれ」と賃借人にお願いするのだが、「払います、払います」とうまく返されてまた待つことに。そんな繰り返しの中、賃借人がある日いなくなったと知ったなら、貴方はどう思うのか?
そこは「面倒なことになった!」と危機感を覚えて欲しい。
 なぜなら知らぬ間に退去したということは、賃貸借契約は継続したままであるということ。この状態で家主側が賃貸借物件の中に入ることは、住居不法侵入罪に該当する。気軽に入ってしまうと、刑法に触れ大変なことになってしまう。
本筋からは離れるが、これと類似するのが家賃を払わないからと「鍵替える」「鍵をブロックする」行為。たとえ滞納されていようと、任意に明け渡されていない状態で相手方の占有を妨害する行為は、罪に問われる。
家主側が賃貸借物件の中に正当に入れるのは任意に明渡しを受けたとき、あるいは事件性があるときだけ。あとは法的な手続きの中で、執行官だけが入ることを許される。ここは絶対に押さえておかねばならないポイントだ。
夜逃げされたなら、とりあえず賃貸借契約を解除していかねば何も始らない。しかし行方不明になっているので、相手方を必要とする解除という法的行為は手続が煩雑となってしまう。また「完全に出て行った」のか、あるいは「暫く不在」なのかを認定することも非常に難しい。
 夜逃げ案件は私にとってどれも印象深いのだが、その中でも強烈だったものベスト3。1件目は賃借人が行方不明ではなく、どうやら窃盗で拘留されていたらしい。釈放されて戻ってきたところ部屋が空っぽになっていて、大暴れされた。法的な手続きでの処理だったので、助かった。2件目は行方不明の賃借人相手に訴訟を起こしたら、別事件で逮捕されたと偶然にも新聞で見つけてびっくり。地検とやりとりし、最終的には拘置所に訴状を送達してもらった。3件目は行方不明だったのに訴訟の期日に本人が出廷。どうやら連帯保証人は賃借人の居場所を知っていたらしい。とりあえず即日に和解をし、本人を現地に連れて行って荷物を出させた。
 とにかく夜逃げの場合には何かと手続が複雑であり、またトラブルの種が潜んでいるので細心の注意を払わねばならない。特に賃料滞納後の夜逃げなら他に借金の可能性が高く、質の悪い債権者の存在にも注意しなければならない。
 まさにその債権者から被害を受けたケース。
賃借人が夜逃げしたらしいということで、家主が部屋に入った。荷物はきれいに運び出され、中には黒いゴミ袋が残っていた。家主はゴミ袋を捨て、新たな入居者が入り、明渡しに費用もかからず万々歳……のはずが、そこでヤミ金さんが出てきた。言い分は「契約は解除されてないし、戻ってくる予定だった。勝手に中に入るのは住居不法侵入罪。しかも袋には大切なものが入ってた。勝手に処分できないはず。どうしてくれる……」。
どうやら賃借人はヤミ金からお金を借りたが返済できないので、ヤミ金が賃借人に知恵をつけて夜逃げさせた。ワナにはまった家主は脅されてお金を取られてしまったというストーリーらしい。この段階で相談を受けたのでもうどうしようもなかったが、この種の事件は多発している。
「夜逃げ」されていいことなんて何もない。安易に中に立ち入ることなく、まずは法律家に相談して欲しい。動き出すのはそれから。〔夜逃げ=やれやれ〕でないことを、肝に銘じておこう。